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フランス領インド総督

フランス領インド総督ジョゼフ・フランソワ・デュプレックスの成功にもかかわらず、インドにおける英国との争いはオーストリア継承戦争では決着が付かず、七年戦争では当初フランス側が北米で優勢であったが、最終的にニュー・フランスは英軍に占領され、ほとんど西インド諸島の植民地とすべての仏領インドが失われた。パリ講和条約ではいくつかのインドにおけるフランスの植民拠点とカリブ海のマルティニクとグアドループがフランスに返還されたが、後にルイジアナはスペインに参戦の代償として割譲され、フランスは北米大陸から全面的に撤退したのである。西インド諸島のグラナダとサン・ルシアも英国に割譲された。フランスがアメリカ独立戦争に参戦したことにより、1783年のパリ条約でサン・ルシアがフランスに返還されたが、当初の期待よりはるかに少ない成果であった。
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残されたフランスの植民地も1791年にサン・ドマングで発生した黒人奴隷革命により大打撃を受ける。フランス革命による現地白人支配層の亀裂から生じた黒人暴動は1804年にはハイチ共和国の成立にいたり、フランスは最も収益のあるこの植民地を失った。エジプトに植民地を創設しようとしたナポレオンの企ては失敗に終わり、ナポレオンがスペインから取り戻したルイジアナ植民地も財政上の必要からアメリカ合衆国に売却された(ルイジアナ買収)。ナポレオン戦争中残されたフランス植民地はすべて英軍に占領されている。

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2009年09月24日 00:46に投稿されたエントリーのページです。

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